妻が“イケオジ芸能人”と間違えたその日から、俺のアンチエイジングが始まった

※これはアンチエイジング物語です。

「えっ……あなた、今、ちょっと斎藤工っぽく見えたよ?」

朝食のトーストをかじりながら、妻が突然そう言った。俺はコーヒーを噴きそうになった。冗談だと思った。でも妻の目はいたって真剣だった。

「いやいや、斎藤工って……俺、ただの冴えない中年サラリーマンだぞ?」

「なんだろう。最近メガネの度が合ってないのかも。でも、ほんとにそんな感じに見えたのよ、横顔が」

妻は笑いながらそう言った。でも俺の中で、なにかが確かに“点火”された。

40代後半。最近、鏡を見るのが嫌になっていた。顔のたるみ、増えた白髪、腹の出具合。自分ではどうしようもない「老い」にただ流されるだけの日々。だけど、妻の“視力のせい”の一言が、なぜか心の奥を震わせた。

──本当に、少しは見違えることができるのかもしれない。

そこから俺のアンチエイジング生活が始まった。

まずは洗顔。昔ながらの固形石鹸から、妻の化粧水を拝借してスキンケアに挑戦。最初はベタついて気持ち悪かったが、1週間もすれば慣れた。朝の顔色が少し明るくなった気がした。

次に、運動。最寄りのジムに入会し、週2回の筋トレと有酸素運動を始めた。走るのは苦手だったが、汗を流すことで何かがリセットされる感覚が心地よかった。

食事も見直した。油っこいものは控え、野菜を多めに。朝はプロテイン、夜は炭水化物を控えめに。コンビニの揚げ物を我慢するのはつらかったが、1ヶ月後、スーツのウエストが緩くなった。

そして──3ヶ月後。

朝、キッチンでトーストを焼いていると、妻が不意に言った。

「ねえ、やっぱりあなた、ちょっとカッコよくなったんじゃない?」

今度は冗談じゃなかった。メガネを新調し、視力が戻ったはずの妻のその言葉に、俺は思わず笑ってしまった。

「それ、お世辞か?」

「違うよ。たぶん、“本物のあなた”が出てきた感じ」

そんな風に言われたのは、何年ぶりだっただろうか。

もちろん、俺は斎藤工ではないし、なるつもりもない。でも、“誰かにとって魅力的な存在でいたい”と思えること──それが、こんなにも生きる力をくれるとは思わなかった。

周囲も少しずつ気づき始めた。会社の後輩に「部長、最近雰囲気変わりました?」と言われたり、娘に「お父さん、なんか若くなったね」と言われたり。

だけど、何よりも嬉しかったのは、妻が時折、俺の顔をじっと見て照れくさそうに笑うことだった。

アンチエイジングって、結局は「自分を大切にすること」だと思う。誰かに褒められるためじゃなく、自分自身が納得できるように。

あの日、視力の落ちた妻がくれた“間違い”は、俺にとって人生を変える“きっかけ”になった。

だから今日も俺は、洗顔後の化粧水を忘れずに、ジムに通い、食事に気をつけている。老いには抗えない。でも、楽しみながら年を重ねることはできる。

──たとえ、それが“錯覚”の始まりだったとしても。