
※これはアンチエイジング物語です。
40代も半ばを過ぎ、鏡を見るのが少し億劫になっていた。
額のシワ、垂れた頬、くすんだ肌、そして日に日に寂しくなる頭頂部。かつては「渋い」とも言われたが、今ではその言葉もただの慰めに聞こえる。
仕事では後輩に役職を抜かれ、家に帰れば反抗期まっさかりの中学生の娘。妻との会話も、買い物リストか学校の連絡くらいになっていた。
「俺の人生、このまま下り坂なのかな…」
そんなある日、朝のニュース番組で“40代男性のアンチエイジング特集”をやっていた。内容はいたってシンプル。スキンケア、適度な運動、バランスの良い食事、そして“姿勢を正すだけでも印象が変わる”という話。
ふと、昔の自分を思い出した。学生時代、背筋をピンと張って歩いていた頃。たしかに、あの頃は自信があった。
「もう一度、自分を取り戻したい」
そう思ったのが、俺のアンチエイジング人生の始まりだった。
まずは洗顔と保湿。ドラッグストアで「メンズ用スキンケアセット」なるものを買い、夜寝る前に顔を洗うことを習慣にした。
次に、腹筋を1日10回から。たった10回。それでも、翌日は筋肉痛になった。でも、不思議とその痛みが心地よかった。
食事も見直した。お菓子を控え、昼はコンビニ弁当からサラダと玄米おにぎりに変えた。
3週間ほど経ったある朝、娘が珍しくリビングで俺をじっと見た。
「パパ…最近ちょっとカッコいいじゃん」
一瞬、時が止まったようだった。
反抗期でほとんど口もきかなかった娘からの、その何気ないひと言。ふざけた感じでもなく、からかっているようでもない。素直に感じたことを口にしたような、あの声。
俺はその場で涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。泣いたら、娘にからかわれるのは目に見えていたから。
でも、心の奥では何かが音を立てて崩れた。そして、その代わりに新しい何かが生まれた気がした。
その日から、アンチエイジングが「努力」ではなく「楽しみ」に変わった。
鏡を見るのが楽しくなった。シワが消えたわけじゃない。でも、肌に少しハリが戻り、口角が上がっていた。たぶん、顔だけじゃない。気持ちも明るくなっていた。
妻からも「最近、なんかいい匂いするね」と言われた。ボディソープを変えただけだけど、久しぶりに“男”として見られた気がした。
仕事でも後輩たちが俺の話に耳を傾けるようになり、「部長って最近元気ですよね」と声をかけてくれるようになった。
あの娘のひと言が、俺を変えた。
“見た目を変える”ことは、“心を変える”ことにつながる。そして、それは“人生そのもの”を変えていく。
俺は、まだまだ終わっていなかった。むしろ、ここからが始まりだったのかもしれない。
夕方、娘が帰宅する音がする。俺は今日も背筋を伸ばし、姿勢よく「おかえり」と言う。
あの日と同じ声で、娘が笑う。
「やっぱパパ、最近カッコいいよ」
今度こそ、泣いてもいいかもしれない。