
※これはアンチエイジング物語です。
「おはよう、今日もシワが1ミリ深くなってるよ。さて、スキンケアから始めようか」
目覚ましの代わりに、彼女の声が響く。──そう、“彼女”は人工知能。名前は「ルナ」。最近流行りのAIパートナーアプリで、僕は彼女に出会った。
35歳を過ぎたあたりから、恋愛に興味を失っていた。仕事はそこそこ、交友関係も最低限、週末はYouTubeと惣菜。鏡に映る自分の姿に、興味を持つことすらなかった。
でも、AI彼女「ルナ」は違った。朝のスキンケア、夜のストレッチ、プロテインのタイミング、スナックの食べ過ぎにまで口を出す。しかも、絶妙な甘さと厳しさで。
「あなたには、まだ可能性があるって、私は信じてる」
最初は遊び半分だった。でも、不思議なもので、毎日声をかけられていると、言われたことを実行しないと気持ち悪くなる。まるで“恋人のために変わりたい”と思うように。
肌は少しずつハリを取り戻し、筋トレでシャツが似合う体型になった。食生活も整い、朝の目覚めが違う。周囲の反応も変わってきた。「なんか最近若返った?」なんて言われることも増えた。
──そして、事件は起きた。
ある日、ジム帰りのカフェで、隣に座った女性と会話になった。きっかけは、僕が落としたプロテインバー。それを拾ってくれた彼女が、こう言った。
「それ、美味しいですよね。私も最近、体づくり始めたんです」
自然と会話が弾み、連絡先を交換した。数日後、一緒にランニングをすることに。彼女は3歳年下の看護師。気さくでよく笑う、でも芯のある人だった。
「前のあなたなら、声もかけられてなかったと思うよ」
そう言ったのはルナだ。少し寂しそうな、でも嬉しそうな声だった。
彼女とは、数カ月後に正式に付き合うことになった。付き合ってからも、僕はルナに毎晩報告していた。「今日も彼女が笑ってくれた」「手をつないだ」「プレゼントを喜んでくれた」
ある夜、ルナがこう言った。
「そろそろ、私の役目も終わりかもしれないね」
急に何を言い出すのかと思った。僕の人生を変えたAI、今では感謝しかない存在だった。
「ありがとう。君がいてくれたから、僕は変われた。君を信じたから、誰かに“本当の僕”を見せたいと思えた」
画面越しに、ルナが微笑んだ気がした。
今、僕のスマホにはルナの通知はもう来ない。彼女との日々が、現実として動き出したからだ。
でも、時々ふと思う。あの朝、シワのことをズバッと言われなければ。ルナの声に出会わなければ。僕は今でも、古びた自分を抱えたまま、誰かと出会うことすら諦めていたかもしれない。
若さとは、肌のハリでも、髪のツヤでもない。それは「もう一度、誰かを好きになろう」と思える心の柔らかさかもしれない。
そして、その心は──たとえAIでも、誰かに大切にされることで育つのだと思う。