
※これはアンチエイジング物語です。
「……え、課長ってまだ43なんですか? もっと上かと思ってました」
彼女は悪気なく、ただ驚いたように言っただけだった。
だが俺の中では、ズシンと何かが崩れ落ちたような気がした。
◇
俺は43歳。中間管理職、妻子あり。特別イケてるわけじゃないけど、別に冴えないと思ったこともなかった。髪は少し薄くなってきたが、まあ年相応だろうと。腹も多少出てきたが、周囲も同じようなもんだ。そんな風に、たかをくくっていた。
そんなある日、新しく配属された20代後半の女性社員・千夏が、何気なく発したあの一言。
──「老けて見えるね」
冗談半分、笑いながら言ったその言葉が、俺の中の何かを完全に打ち砕いた。
家に帰って鏡を見た。映っていたのは、くすんだ肌に、たるんだ目元、重そうなまぶた、寝ぐせのまま固まった後頭部。なにより、どこか投げやりで、疲れきった中年男の顔だった。
「……これ、俺か?」
信じたくなかった。でも、それが現実だった。
◇
次の日、俺はネットで「見た目年齢 若返る 方法」と検索していた。
アンチエイジング。今までどこか他人事だった言葉。だがその日から、俺にとってはリアルな“挑戦”になった。
まず、肌の手入れ。洗顔、化粧水、美容液……何が何だかわからなかったが、店員に聞き、ネットで調べ、とにかく始めた。
次に、運動。通勤を徒歩に変え、週に2回ジムに通い、筋トレと軽いランニングを開始。ポッコリ出ていた腹は、少しずつ締まっていった。
食事も見直した。昼のカツ丼から、鶏むね肉とサラダ。夜のビールはノンアルに。最初はキツかった。でも、毎日少しずつ、「昨日よりマシな自分」が見えるようになると、不思議とやる気も湧いてきた。
◇
3ヶ月が過ぎた頃、千夏がふと俺のデスクにやってきた。
「課長、なんか最近……若返ってません? ていうか、雰囲気変わりましたよね」
思わず吹き出しそうになった。
「マジか。あの“老けてる”って言葉のおかげかもな」
「あっ……! いや、あれはその……冗談というか……」
彼女は赤くなって、慌ててフォローしようとした。だが俺は笑って手を振った。
「いいんだ。あれがなかったら、たぶん何も変えようとしなかったと思うから」
◇
半年が経った今、俺は確かに見た目が変わった。
肌の色が明るくなり、体は引き締まり、髪も整え、姿勢も自然と良くなった。人からも「なんか若いな」と言われることが増えた。
だが一番変わったのは──自分を大事にする感覚だった。
年齢を言い訳にして、全てを放置していた俺。だけど、努力すれば見た目は変えられる。すると、心も前向きになっていく。そしてそれがまた、他人の見る目すら変える。
俺はあの日、確かに変わった。
そして今でも、変わり続けている。
あの時、あの一言がなければ──俺は今も“老けたままの男”だっただろう。
だから心から、こう思う。
ありがとう、千夏。あの無神経な一言で、俺は人生を取り戻した。