
※これはアンチエイジング物語です。
目覚めた瞬間、全身が冷や汗でびっしょりだった。
夢の中で、俺は鏡の前に立っていた。見慣れたはずの自分の顔。しかし、そこに映るのは──ツルッツルに輝く頭頂部だった。
「うわあああああっ!!」
叫び声と同時に飛び起きた朝。呼吸は乱れ、心臓はバクバク。夢だとわかっていながら、手はすぐに頭へ。髪の毛が、まだそこにあってくれてホッとした。
でも──そのときだった。
ほんのわずかだが、指先に感じた“薄さ”。明らかに、数年前とは違うボリューム。夢が現実の予兆のように思えて、背筋がゾッとした。
鏡の前に立ち、何度も角度を変えて頭頂部をチェックする。照明の下で見ると、確かに地肌がうっすら見えるような気もする。
「まさか……俺、本当にハゲ始めてる?」
40代を過ぎてから、加齢臭やシミは気にしてきた。でも、薄毛だけはどこか“自分とは別世界”だと思い込んでいた。父親はフサフサだったし、まだいけるだろうと油断していた。
だが、夢はそう教えてくれた。
「お前の髪も、もう安全圏にはいない」と──。
その日、会社を休もうかとさえ思った。でも、逆に考えた。今日が、その“分かれ道”なのかもしれない。
現実を受け入れ、逃げずに立ち向かうか。何もせず、ただ老いていくか。
すぐにスマホで「育毛剤 おすすめ 40代」と検索した。口コミやレビューを片っ端から読み漁り、評判の良かった育毛剤を即ポチ。
夕方にはもうポストに届いていた。
箱を開け、手にした瞬間の重み。それは希望の重みだった。
風呂上がり、タオルドライした頭皮に育毛剤をプッシュ。指の腹でゆっくりとマッサージしながら、「これで明日は違う自分に…!」と、少し期待する。
もちろん、育毛剤に即効性はない。知ってる。
でも、あの恐怖の夢が教えてくれたのは、“何もしないことが一番怖い”ってことだった。
それから、生活が変わった。
夜更かしをやめ、バランスの良い食事に気を配り、週に2回は軽い筋トレも取り入れた。睡眠の質も意識して、枕も頭皮に優しいものに変えた。
日々の変化は小さくて、時には「意味あるのかな…」と思うこともあった。でも、それでも続けた。
3か月後。
朝、鏡の前に立ったとき、自分の表情が少し違うことに気づいた。
“ハゲてない自分”ではなく、“努力している自分”を見ていた。
髪の毛は、正直まだ「フサフサ!」とは言えない。でも、あの頃の絶望と無力感はなかった。
そして何より、職場の後輩にこう言われたのだ。
「○○さん、なんか最近、若返ってません?」
その一言が、夢で感じた恐怖を、誇りへと変えてくれた。
夢で見た“ハゲた自分”は、未来の姿じゃない。何もしなかった場合の、“もう一人の自分”だったのだろう。
俺はあの朝、迷わず育毛剤を手に取った。
それは、髪を守るための行動だったけど、
同時に、“自分自身”を取り戻す第一歩だったんだと思う。
