
※これはアンチエイジング物語です。
スマホの画面に映るその名前に、指が止まった。
「香織、35歳、保育士」
プロフィール写真は横顔だったが、すぐにわかった。15年前、大学のゼミでずっと片想いしていた、あの香織だ。
学生時代、僕はとにかく自信がなかった。背も低いし、冴えない見た目。会話も得意じゃない。そんな僕が、ゼミで一番人気だった彼女に告白なんて、できるはずがなかった。
彼女は明るく、優しく、誰とでも分け隔てなく接していた。でも、その分、僕みたいな地味な男は“その他大勢”に埋もれるしかなかった。
卒業と同時に、彼女との接点も消えた。
それから15年。僕は地元の企業で働き、気づけばもう40歳。彼女と再会する機会など、あるはずもないと思っていた。
だけどその日、何気なく始めたマッチングアプリで、彼女の名前と写真を見つけてしまった。
「まさか…」
心臓が、久しぶりに大きく跳ねた。記憶の中の彼女が、現実にリンクしていく。
でも、すぐに不安が押し寄せた。
今の自分に、彼女は“いいね”してくれるだろうか?
15年前と違って、僕は少し変わった。
歯列矯正をして、ホワイトニングもした。育毛ケアとスキンケアも習慣になっていて、筋トレは週2回。清潔感と姿勢には気をつけている。40代になってようやく“男として整える”ことに目覚めたのだ。
だけど、彼女はどうだろう?今も美しくて、モテるに違いない。
躊躇いながらも、「いいね」を送った。その瞬間、心臓がまた跳ねた。
1時間後──通知が来た。「マッチしました」
信じられなかった。香織と、再びつながった。しかも、今度は僕のほうからちゃんと“アプローチ”した。
「もしかして…大学のゼミ、一緒だった?」
メッセージを送ると、彼女からすぐに返信が来た。
「え!やっぱり!健太くん…?変わってて気づかなかった!でも、なんか雰囲気あるなって思って…」
それから、15年分の時間を埋めるように、僕たちは毎日メッセージを交わした。思い出話、仕事のこと、日常の小さなこと…。
2週間後、再会が実現した。
待ち合わせのカフェで、彼女は変わらない笑顔を見せてくれた。でも少し驚いたように言った。
「本当に、すごく変わったね。なんていうか…大人の男って感じ。」
思わず顔が熱くなる。
“アンチエイジング”なんて最初は冗談半分だった。でも、今ははっきり言える。
15年前の自分では、彼女の隣には立てなかった。
でも今なら、違う。
彼女もまた、言ってくれた。
「大学のとき、もっとちゃんと話してればよかったな」
──それだけで、15年の片想いが報われた気がした。
今、僕たちは少しずつ距離を縮めている。彼女の誕生日には、ふたりで小さな旅を計画中だ。
もう会えないと思ってたあの人と、人生の第2章が始まろうとしている。
それは、諦めずに“自分を整えてきた”男にだけ訪れた奇跡だったのかもしれない。
