
※これはアンチエイジング物語です。
「最近、私の話…ちゃんと聞いてる?」
食卓で妻がそう言ったとき、僕はテレビを見ながら相槌を打っていた。
「聞いてるよ。何だっけ?」
妻は黙ったまま立ち上がり、静かにキッチンへと向かった。
いつからだろう。僕たちが、目を見て笑わなくなったのは。
結婚して18年。娘は大学生になり、夫婦ふたりの時間が増えたはずなのに、僕たちの会話はどこかすれ違ってばかりだった。
仕事に追われる日々。家では疲れた顔でスマホばかり眺めて、気がつけば鏡の前の自分も、どこかくたびれた中年男になっていた。
──ある日、昔の写真が出てきた。
結婚したばかりの頃、沖縄旅行で撮った1枚。笑顔の妻と、腕を組む僕。
そのときの僕は、自信に満ちていた。少なくとも、「妻にとっての誇れる男」だったはずだ。
その夜、ふと妻の寝顔を見て、心にぽっかり穴が開いた。
このまま、ただ老けて、ただ時間を過ごすだけでいいのか?
翌朝、僕はコンビニでメンズ用のスキンケアセットを手に取った。
ついでにネットで調べて、育毛剤も注文。運動不足解消にとランニングシューズも買った。
すべては「少しでも若く、かっこよくなりたい」という想いからだった。──妻の隣に、もう一度ちゃんと立ちたかった。
初めは照れくさかった。化粧水を塗る自分の姿に、苦笑いしてしまったこともある。
でも少しずつ変化は現れた。肌のツヤが戻り、髪にハリが出てきた。体も軽くなり、気づけば気分も明るくなっていた。
ある日、妻がふと僕を見て言った。
「なんか…最近、若返った?」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ちょっと頑張ってみようと思ってさ。昔みたいに、もう一度…」
それ以上は言えなかった。でも妻はうなずいた。
「そうだね。私も、昔のあなたが好きだったけど──今のあなたも、なんかいい」
その日を境に、僕たちの間にあった“距離”が少しずつ縮まっていった。
一緒にウォーキングをするようになり、食事の内容もヘルシーに変わった。お互いの変化に気づき、褒め合うようになった。
ある日、久しぶりに二人で旅行へ行った。行き先は、あの沖縄。18年前と同じ場所で、同じように写真を撮った。
「ほら、昔より笑ってるじゃん、私たち」
妻の言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
鏡の前でいくら整えても、取り戻せなかった“本当の若さ”──それは、誰かと心から笑い合える時間の中にある。
見た目を整えることは、ただの自己満足じゃない。
それは、大切な誰かと「もう一度、ちゃんと向き合う」ための第一歩だった。
アンチエイジングは、時間を巻き戻す魔法じゃない。
でも、止まっていた何かを、もう一度動かす力になる。
僕たちは、またふたりで笑っている。
そして、これからも。