
※これはアンチエイジング物語です。
昼下がりのオフィス。
窓から差し込むやわらかな陽光が、会議室のホワイトボードに長く影を落としている。
新プロジェクトのキックオフ会議が始まる数分前、部署内のメンバーが続々と集まり始めた。
俺は何気なく空いている椅子に腰を下ろすと、隣に座った若手女子社員の咲良が、小声で耳打ちしてきた。
「部長、あの…新しく配属された◯◯さんって、部長の“上”ですか?」
突然の質問に、一瞬、誰のことかと思って彼女の視線の先を追う。
見ると、向こうの席に座っている男──中嶋だ。旧知の仲でもある。
「え?アイツ?いや、俺と同い年だよ?」
俺がそう返すと、咲良の表情がみるみる変わった。
目を見開いたまま固まり、口元がわずかに開いた状態で声が出ない。
──ああ、これが“フリーズ”ってやつか。
「……え? 同い年、なんですか……?」
「うん、昭和58年生まれ。中学なら同級生だな、俺ら」
しばらく沈黙したあと、咲良はゆっくりと俺と中嶋を交互に見比べ、ため息まじりにこう言った。
「なんか……人生って残酷ですね」
◇
俺と中嶋──彼とはかつての同期だ。
配属先が違ったから深い付き合いはなかったが、飲み会では何度か顔を合わせていた。
彼は昔から「細けぇこと気にしない」が口癖。
肌ケアなんて女のやること、というタイプで、昼はいつもコンビニのカップラーメン、午後は喫煙所の常連。
たまに早く帰っても、家で飲みながらYouTubeを見るのが日課だとか。
対して俺は──40歳を迎えた時、鏡に映る自分の“老い”に強烈な危機感を覚えた。
「これはマズい」と思った瞬間から、生活を180度変えた。
炭水化物の摂取を控え、週3回の軽い筋トレ。
毎朝の青汁、ビタミンと亜鉛のサプリ。
洗顔後には化粧水、美容液、時々パック。
そして何より大切にしたのは、朝の鏡の前で「今日の自分、イケてるか?」と問いかけること。
誰に見せるでもない、自分との約束だった。
正直、若作りと言われても構わないと思っていた。
老け込んで人生を諦めたような目になるくらいなら、必死に抗ってやる。それが、俺の選択だった。
そして、いつの間にかそれが“違い”として周囲に伝わっていたらしい。
◇
「部長って、40代には見えないですよね」
「清潔感すごいっすよね。若手とも自然に話してるし、ちょっと羨ましいです」
そんな言葉を若手たちからかけられるたびに、内心でガッツポーズ。
俺のルーティンは、確かに結果を出している──そう実感する瞬間だった。
ただ、それを面白く思わない人間もいた。
中嶋だ。
ある飲み会の帰り道、彼がふとこんなことを言った。
「お前、なんか“作ってる”感じするよな。無理してんじゃねぇの?」
ああ、来たな…と思った。
でも、俺は笑って返した。
「作ってるよ。だって、“老けたくない”ってのは本音だからな」
「はは、必死だな」
彼の言葉は、少しの皮肉を含んでいた。
でも俺は、グラスの氷を転がしながら静かに言った。
「……必死にもなれない奴の方が、俺は怖いよ」
◇
そして、その1ヶ月後。
会社の健康診断の結果が返ってきた。
中嶋は、血圧・脂質・肝機能…すべての数値が基準オーバー。
「要精密検査」の朱印が並ぶ診断書を見つめながら、呆然としていた。
「……俺、やばいのか?」
その言葉に、なぜか俺は心の奥で小さく疼くものを感じた。
ライバルだった。でも、同期でもある。
だからこそ、こんな時に手を差し伸べたくなる。
「まだ間に合うよ。40代なんて、まだ1クール目みたいなもんだろ」
思わずそう口にした自分に驚いたが、たぶん、本心だった。
すると中嶋が、少し俯きながらポツリとつぶやいた。
「お前みたいに、始めてみるか……“自分に手をかける”ってやつ」
◇
それから数ヶ月。
中嶋は、明らかに変わった。
ラーメンばかりだった昼食は、今ではサラダチキンと玄米おにぎり。
エレベーターを使わず、階段でウォーキング。
喫煙所には姿を見せなくなり、「部長、化粧水ってやっぱ最初に叩き込むんすか?」なんて聞いてくる。
そんなある日、オフィスで咲良がぽつりと言った。
「最近、中嶋さんって若返りましたよね! なんかイキイキしてて、雰囲気変わったなって」
今度は、俺がフリーズする番だった。
驚いた。でも、不思議と嬉しかった。
努力は、伝播する。そして、誰かの人生をも変える。
◇
リアルな40代は、努力次第で“化ける”。
放置した者と、戦った者。
そして、気づいた者はまた戦いを始める。
これは、“見た目年齢”という名のリアルバトル。
けっして若者に勝つためじゃない。
ただ、自分に誇れるように──
鏡の中の“今日の自分”を、少しでも好きになれるように。

^_^
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