
※これはアンチエイジング物語です。
昼休み、コンビニ帰りのオフィスビルのエントランス。
すれ違いざまにふと声をかけてきたのは、営業部の後輩・彩香(あやか)だった。
職場では誰にでも明るく接し、気配りもできる。まさに“みんなのアイドル”的存在の彼女が、俺に話しかけてきたのだ。
「最近なんか若くないですか?」
えっ、今のって俺に?
思わず返事に詰まる。耳を疑った。思い違いじゃないかと思った。
だって俺は今、43歳。確実に“中年”の仲間入りをしていて、何か特別に若作りをしているわけでもない。
いや、たしかに…少しは意識しているけど。それにしたって、あの彩香からそんな言葉が出るなんて──
「え、そう? 加齢臭とかしてない?」
思わず冗談めかして返すと、彼女はくすっと笑った。
「いやいや!全然!むしろ肌ツヤいいし、姿勢もシュッとしてて…あ、もしかしてアンチエイジングしてます?」
……図星だった。
3ヶ月前、ふとした瞬間に鏡で見た自分の顔が、やたらと老けて見えた。
目元のシワ、頬のたるみ、なんだか全体的にどんよりしていて、笑っても口角が上がっていない。
「……オレ、老けたな」
その一言が、まるで心の底から漏れたように口をついて出た。
体力も落ちた。休日はソファと一体化し、子どもに「パパ、ずっと寝てるね」と言われたのもショックだった。
仕事は責任が増え、気力は消耗する一方。何をするにも億劫になっていた。
そんなとき、何気なく開いたスマホで「40代からが人生の本番」というネット記事を見つけた。
正直、ありがちなコピーだと思った。でもそのときの俺には、やけに刺さった。
──「人生の主役になるなら、まずは見た目から整えよう」
なぜかその言葉に背中を押された。
それから、少しずつ生活を変えた。まずは洗顔と保湿から。
次に、朝のプロテイン習慣と、寝る前のストレッチ。テレビを観ながらの軽いスクワット。
最初は面倒だった。でも、やってみると案外続く。
そして、少しずつだが変化も見えた。朝の顔色が明るくなり、髪にツヤが戻ってきた気がした。
誰に見せるでもなく、自分のために始めた習慣だった。
でも今日、こうして彩香に気づかれたことで、初めて「ああ、やってよかった」と思えた。
「いや、ちょっと頑張ってるんだよね。年相応に見られるのも悪くないけど、“ちょっと若く見える”って言われたら、正直、嬉しいよ」
そう答えると、彩香はふわっと微笑んでこう言った。
「わかります!“清潔感とちょっとの若さ”って、最強だと思いますよ」
“清潔感とちょっとの若さ”。
この言葉が妙に心に残った。もしかしたら、それが今の俺にとっての最強装備なのかもしれない。
その晩、家に帰っていつものルーティンをこなす。
ぬるめのシャワーで汗を流し、丁寧に洗顔。化粧水を叩き込んで、育毛トニックを軽くスプレー。
そして、少し深呼吸をしてから湯船に浸かる。
なんだか、自分をちゃんと大事にしている実感が湧く瞬間だ。
湯船の中、スマホで会社のグループチャットを開くと、彩香からのメッセージが届いていた。
──「部長、今日もお肌つやつやですね✨(笑)」
部長って呼ばれることすら、最近は少し誇らしく思えるようになった。
“おじさん”になっていくことを恐れるのではなく、“大人のかっこよさ”を更新していくこと。
それが、今の俺にできるアンチエイジングなのかもしれない。
誰かのためじゃなく、自分のために始めたこと。
でも、それが巡り巡って、誰かの目に映り、言葉となって返ってくる。
その瞬間、なぜか心がじんわりと温かくなった。
「最近なんか若くないですか?」
あの一言が、俺の明日をほんの少し変えてくれた気がしている。